アンサンブル・モデルンの内と外

「音楽ジャーナリズム」の授業では、音楽について文章で伝えることを目的としています。2017年度は、10月26日にドイツのフランクフルトを拠点とするアンサンブル・モデルンのヴィオラ奏者として世界各地で活躍する笠川恵さんをゲストにお招きし、アンサンブル・モデルンの活動から笠川さんご自身の個人の活動までお話いただきました。多岐にわたるお話のなかから、受講生がそれぞれの視点を決め、文章にまとめました。そのなかのひとつをご紹介いたします。(担当教員:西村理)

 

ユニークな企画を行い、世界中を飛び回り室内アンサンブルとして世界に名を轟かせるアンサンブル・モデルン。ドイツ・フランクフルトを拠点に現代音楽を世界へ響かせる彼ら/彼女らは舞台裏で何を行い、アイディアを具現化し、どのように社会に発信しているのか、ヴィオラ奏者の笠川恵さんからお話を伺った。

アンサンブル・モデルンの運営
アンサンブル・モデルンは1980年に結成された。最初の15年間はプロジェクトごとにメンバーが集まった。笠川は、「当時学生だったアンサンブル・モデルンのメンバーはカンパニーとなる以前外部とのコネクション作りに励み、1987年からカンパニーになる本格的に活動を開始し、フランクフルト市から助成を受けるまでになった」と語る。またメンバーは、アンサンブル・モデルンの経営からスポンサー契約やマネージャーの支払いなども行う。演奏者と運営者という二足の草鞋を履いているのだ。基本的にアンサンブル・モデルンのメンバーは1年契約である。「一年に一度メンバーが集まりメンバーの次年度の契約について話し合うのだが、メンバー同士日々の演奏や別の仕事とバランスが取れているかなど意見交換を行う」と笠川は語る。ソリスト以外に、プロジェクト・マネージャーは10人、20人のメンバーから選ばれるボード役員3人である。プロジェクト・マネージャーは、広告・旅行など各担当があり各プロジェクトに割り振られる。

ユンゲ・ドイチェ・フィルハーモニー 学生オーケストラ
アンサンブル・モデルンが演奏する音楽は主に現代音楽だがクラシックを扱う組織がアンサンブル・モデルンとはもう一つ別にある。その組織の名はユンゲ・ドイチェ・フィルハーモニーである。そもそもアンサンブル・モデルンはユンゲ・ドイチェ・フィルハーモニーから現代音楽に特化し独立した組織であり、そういった経緯からアンサンブル・モデルンとユンゲ・ドイチェ・フィルハーモニーは、ドイチェ・アンサンブル・アカデミーというひとつの組織となっている。「アンサンブル・モデルンとユンゲ・ドイチェ・フィルハーモニーが合わさり一つの組織になることでメリットがあった」と笠川は語る。個々では助成金や支援金等を得ることは難しいが、ユンゲ・ドイチェ・フィルハーモニーと同じ1つの組織になることで助成金や支援金等が市やスポンサーから受けやすくなったである。しかし、現在は、ユンゲ・ドイチェ・フィルハーモニーとアンサンブル・モデルンはそれぞれ独自で、資金調達やプログラミングを行っている。

次世代へのバトン
アンサンブル・モデルンはインターナショナル・アンサンブル・モデルン・アカデミーと題し、3つの部門に分けて音楽の教育を行っている。マスター・オブ・コンテンポラリー・ミュージック(Master of Contemporary Music)という部門は、フランクフルト音楽大学と提携し、通常2年のところ1年で学生はマスターの資格を手にいれることができる。1学年10〜15人の学生がおり奏者としてはもちろん作曲家や音響としてプロを目指せる。マスター・クラス(Master class)部門は、1週間〜10日間という短期間の部門でギリシャ、ドイツ、オーストリアなどの国々でも開かれている。この部門で「エッポク_エフ(epoche_f)」という取り組みを行っているが、ドイツ国内ではクラシックが身近な存在だとすれば現代音楽は遠い存在である。そういったことから、14〜20歳の若者に現代音楽に触れてもらおうという取り組みである。3つ目の部門は、教育プロジェクト(Education Project)という部門で音楽とはあまり接点がない人々に向けて音楽・芸術に触れてもらおうという狙いがある。そのために行っている取り組みは、一般の学校に1週間出向き最終日に発表(コンサート)をするプログラムと、1年間かけてコンサートを作っていくプログラムがある。後者に関しては、音楽に限らず文学やダンスや総合的な芸術でコンサートを作っていく。

駆け上がったスターダム
1993年大人気ロックスターであった、フランク・ザッパとアンサンブル・モデルンはアルバム『イエロー・シャーク(Yellow Shark)』を発表、アンサンブル・モデルンは世界的に知られることになる。メンバーがサッパのスタジオに出向き、そこでの即興演奏や試し弾きした演奏を元にしてザッパが作曲し、「イエロー・シャーク」というコンサートが行われた。そのライブ録音をアルバムとしてリリースしたのである。その後も、アンサンブル・モデルンは、ハイナー・ゲッベルス、スティーヴ・ライヒ、ヘルムート・ラッヘンマン、坂本龍一など著名なアーティストとコラボレーションを行い音楽シーンに対し大きな成果を残してきたが「それらはあくまで過去のものであり時代は流れていく」と笠川は語る。

転変と変化
アンサンブル・モデルンは2014年から「チェック・ポイント(Check Point)」と題した実験的な自主企画を毎年開いている。チェック・ポイントでは主催者側の意向やコンセプトに縛れることなく自由に企画できる。「リスクを考えず様々な音楽に挑戦することで次に活かせる」と笠川は語る。アンサンブル・モデルンの事務所は元々靴工場でありその屋根裏で毎年行われているこのトライアウト・コンサート・シリーズは、客席は150席ほどなのだが、それ以上の客が聴きに来て、スタンディングの客になることもあるほど好評である。また、2017年からはドイツ銀行がスポンサーとなった。
「私のアイディアが実現できる」と嬉しそうに語る。2018年10月のチェック・ポインは笠川の案で三味線奏者の本條秀慈郎をコンサートに迎えることになった。また、同年にはもう1回開催する予定でDJを招致しエレクトロニック音楽と現代音楽とのコラボレーションが実現する。アンサンブル・モデルンはルーツの違うメンバーとその確かな技術力とアイディアで多くの物事に挑戦している。またアンサンブル・モデルンは、流れゆく時間の中で新たな表現を模索し社会に発信し続ける。

 

文:ミュージックコミュニケーション専攻 2年 早川優